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大阪高等裁判所 昭和47年(う)334号 判決

被告人 佐藤英夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人樺島正法作成の控訴趣意書および被告人作成の陳述書と題する書面各記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事竿山重良作成の答弁書および補充答弁書各記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点の一の事実誤認の主張について

所論は、原判決は、原判示の「太陽の塔」をその頂部「黄金の顔」の部分も含めて全体として一個の建造物である旨認定しているが、「太陽の塔」は芸術作品であつて建造物ではなく、かりに建造物であるとしても、その「黄金の顔」の部分はそれ以外の部分と機能的に分離しうるものであつて建造物の一部ではないから、原判決の右認定には事実誤認があり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、本件「太陽の塔」は、財団法人日本万国博覧会協会(以下協会と略称する)が昭和四五年に大阪府吹田市千里丘陵において開催した日本万国博覧会(以下万国博と略称する)会場のテーマ館の一部として製作されたものであつて、その外形自体一個の芸術作品たる展示造形物になつているが、その構造は、土地に定着し、高さ約六〇メートルの周囲が牆壁により支持された部分とその頂部に鉄製円筒により連結された「黄金の顔」と称する直径約一一メートルの人間の顔を模した金色アルミニユーム製の部分とから成り、右牆壁の内部は、一階から地下に降つてエスカレーターにより「生命の樹」と題する展示物を順次見ながら六階に至り、同所から両横に突き出された「塔の腕」と称する部分を通り抜けて地上約三〇メートルの空中回廊に出られる仕組みとなつていて、その間が展示場として一般観覧の用に供せられており、六階から上は空気調整および電気関係の機械、器具などが設置された「空気調整室」および「電気室」があり、さらに「電気室」から上へは六個の鉄梯子により牆壁内最上段部に達し、そこから横に鉄製円筒をくぐり抜けて「黄金の顔」の内側に至り、鉄製扉を開いて「黄金の顔」左右各眼孔部および後部踊り場に出られるようになつていることが認められ、右認定の事実によれば、本件「太陽の塔」はその構造上全体として一個の建造物であり、頂部「黄金の顔」の部分もその一部であると認めるべきである。したがつて、原判決には所論のいう事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第一点の二の事実誤認の主張について

所論は、原判決は、被告人が故なく太陽の塔に侵入した旨認定しているが、太陽の塔の頂部に至る経路にはどこにも立入り禁止の表示がなく、看守者において立入りを禁止する意思がなかつたのであるから、被告人の頂部への立入りは「侵入」行為ではないし、また被告人は万国博の不当性を訴える手段として頂部へ立入つたのであるから、「故なく」侵入したものでもないのであつて、原判決の右認定には事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、太陽の塔内の電気調整室は、六階の一般観客が通行する順路から外れた奥まつたところにある非常口の扉を開き、そこから狭い階段を上がつたところに位置し、同室内は殆んど空気調整のための大きな機械設備で占められており、同室から上の電気室にはV字型鉄の足場を登らないと行けないようになつていて、電気調整室から上部が機械、器具の操作などをする業務関係者以外の者が立入るような場所でないことは一見して明らかであること、管理者である協会は、右電気調整室の入口附近に一般人の立入りを禁止する掲示をしていなかつたし、また同室入口扉に施錠をしていなかつたが、観客その他一般人が承諾なく同室に立入ることを許容していなかつたこと、そして通常人ならば業務に関係のない一般人が勝手に右電気調整室から上部に立入ることは管理者の意思に反するであろうことを容易に認識し得たことが認められ、右事実によれば、被告人は管理者である協会の意思に反することを認識しながら、敢えて空気調整室から上部に立入つたものと認められるのであり、その所為が建造物の侵入にあたることは明らかであるといわなければならない。さらに、所論は、被告人の太陽の塔への侵入行為は万国博の不当性を訴えるためであつて故なく侵入したものではないというのであるが、その目的がかりに不法でないとしても、それが建造物侵入の違法性を阻却する事由、すなわち建造物侵入の正当な事由になるものではない。したがつて、原判決が被告人は太陽の塔の一部に故なく侵入したと認定したことは正当であつて、何ら事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第一点の三の事実誤認の主張について

所論は、原判決は原判示のように被告人の所為によりチヤイム放送とクセノンサーチライト投光の中止を余儀なくされたことを中心として、協会の業務が妨害されたと認定しているが、万国博が「お祭り」であることを考えれば、被告人の意図にもかかわらず、万国博全体としては、何ら業務の妨害などされなかつたから、この点において原判決には事実の誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が判示のように被告人の所為により協会の業務が妨害された事実を認定したことを優に肯認することができるのであり、万国博がお祭り的要素を多分に包含していたことおよび被告人の所為により妨害されたのが太陽の塔およびその附近における展示に限られていたことをもつて業務妨害罪の成立を否定することはできないというべきである。原判決には所論の事実誤認あるいは法令の適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第一点の四の事実誤認の主張について

所論は、被告人の本件所為は、万国博の欺瞞性に対する抗議のデモンストレーシヨンであつて正当な行為であるのに、原判決がこれを表現の自由の範囲を逸脱した違法行為であると認定したのは、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、右の点に関する原判決の判断、事実の認定はまことに正当であると認められ、所論の事実誤認はないことが明らかである。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点の量刑不当の主張について

所論は、原判決が、被告人を懲役八月の実刑に処し、かつ、六月にも及ぶ未決勾留日数を一日も本刑に算入しなかつたことは、量刑重きにすぎるもので不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も参酌して検討するに、本件犯行は、協会が国際博覧会条約に基づき各国の参加を求めて「人類の進歩と調和」をテーマとして開催した万国博の会場において、万国博に反対する目的の下に、その象徴的存在である「太陽の塔」の頂部「黄金の顔」に侵入し、万国博反対を叫ぶなどして気勢をあげながら長時間にわたつて滞留し、「太陽の塔」およびその附近における展示業務を妨害したものであり、その犯行の手段、方法、態様、結果などに徴すると、被告人の刑責は重いというべきであり、これに被告人の年令、性行、思考傾向、特に自己の信条を主張するためにはあえて法秩序に触れることも辞さないとする思考の下に本件行為に及んだと推認されることなどを総合して考えると、原判決言渡当時には被告人には前科前歴が全くなかつたことを斟酌しても、被告人を懲役八月の実刑に処した原判決の量刑が重きにすぎて不当であるとは認められない。

次に、原審における未決勾留日数の本刑への不算入の点について考察するに、被告人は本件犯行につき昭和四五年五月四日大阪拘置所に勾留され、その勾留中同月二一日本件公訴の提起がなされ、同年一〇月二一日保釈許可決定により釈放されたもので、その間の未決勾留日数は一七一日(公訴提起後は一五四日)であること、原審は本件被告事件につき昭和四五年九月二四日から昭和四七年一月二七日までの間に一四回の公判期日を開き(うち二回は被告人の不出頭により変更)、同年二月一七日の第一五回公判期日において判決を言渡したものであるが、その間証拠書類および証拠物を取調べたほか、検察官申請証人五名、弁護人申請証人二名を取調べたこと、しかし前記本件勾留の執行中には昭和四五年九月二四日に第一回公判期日が開かれて審理されただけであること、被告人は昭和四四年九月九日広島地方裁判所に公訴提起された公務執行妨害等被告事件についても勾留の執行を受けており、その勾留の執行と本件未決勾留の執行とは昭和四五年五月七日から同年一〇月二一日までの一六八日にわたり競合したこと、右広島地方裁判所における事件の審理のため、被告人は昭和四五年六月三日から同年九月一四日まで一〇四日間にわたり身柄を広島拘置所に移監され、その間同年六月五日と同年九月四日の二回右事件の公判期日が開かれたこと、右事件は現在もなお広島地方裁判所に係属中であること、以上のような事実が認められる。右事実によれば、被告人には裁量により本刑に算入することをうる原審における未決勾留日数が一七一日あつたのに、原判決はこれを全く算入しなかつたものであるところ、その未決勾留の執行期間中(公訴提起後は一五四日間)には本件被告事件の公判期日がわずか一回しか開かれていないことに徴すると、その未決勾留日数の全部が本件被告事件の審理に必要であつたとは認められない。もつとも、本件未決勾留日数中一六八日は広島地方裁判所における事件の勾留の執行と競合し、かつ、そのうち一〇四日は右事件審理のため広島拘置所に身柄を置かれて執行されたものであるが、この事情は、右事件につきいまだ判決が言渡されておらず、したがつて右事件の未決勾留日数の本刑算入につき判断がなされていない段階において、これを本件被告事件において未決勾留日数を本刑に算入すべきかどうかの判断にあたり考慮することは相当でないというべきである。したがつて、原判決が、原審における未決勾留日数一七一日を全く本刑に算入しなかつたことは量刑不当であるといわざるを得ず、原判決はこの点において破棄を免れない。この点に関する論旨は理由がある。

被告人の控訴趣意について

所論がいかなる主張をするものであるかは、必ずしも明らかでないが、結局は弁護人の控訴趣意第一点の二、第一点の四、第二点(未決勾留日数に関する点を除く)の各主張と同旨の主張に帰するもので、それ以上に出るものではないと解されるところ、その各論旨が理由のないことは、すでに弁護人の右各主張について判断したとおりである。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決する。

原判決の確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示所為のうち、建造物侵入の点は刑法一三〇条、一〇条、六条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、威力業務妨害の点は刑法二三四条、一〇条、六条、右改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するところ、建造物侵入と威力業務妨害との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、右は確定裁判のあつた窃盗罪(被告人は昭和四八年六月一九日大阪簡易裁判所で窃盗罪により懲役六月、二年間執行猶予に処せられ、右裁判は同年七月四日確定したものであつて、この事実は前科調書によつて認める)と刑法四五条後段の併合罪であるので、同法五〇条によりまだ裁判を経ない原判示の罪についてさらに処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数のうち一二〇日を右の刑に算入し、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させることとする。

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